専守防衛の何が悪い?
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「今の音」と僕
2009/03/13(Fri)00:52
JUGEMテーマ:No Music, No Life
先ず最初に、僕は必ずしも、オールディズの否定を表明している訳ではない事を申し上げます。音にはいろんな接し方が有りますし、個々の音との接し方は、とても自由でオープンですから。

音楽とは、それが生まれた、その時代の空気に育まれた為、リアルタイムでこそ五感に沁みこむインパクトを持ちえる部分が大きいのではないかと思います。勿論、昔から語り継がれ、歌い継がれた音楽も現代に息づいていますし、それも五感に充分沁みこみ得るとは思います。ただ、当時のその音楽が生まれた背景や、そのときの気持ちまでもは、現代に有っては容易に共有は出来ない気がします。(当時よりも今のほうが受け容れられ易い、という事も、有り得ますけどね)

幸運にも僕は、昔の音と同様、今の音も同じ位かそれ以上に、しっかり楽しめます。今の旬の音を、今の空気の中で、目一杯新鮮な気持ちで接して楽しめる事は、その音楽のとりうる表現形態に関係なく、決して否定されるべきではないと思います。

「あんなの音楽じゃない」って、したり顔で語るベテランリスナーを、僕は随分見てきました。僕がそうなりたくないと思ってここまで来ました。誰とても、自分が楽しむのには苦手な表現形態って、必ず有ります、でもそれは、自分が楽しめる表現形態と異なることだけで、否定されるべきものではありません。今の空気、今の音楽、今のみんなの気持ち、音と詞で象られる時代のメッセージと衝動を、それに出会ったときの感動を、その瞬間を、楽しく共有したいと思いませんか?そう思わなかったとしたら、もし共有できなかったとしても、あたたかい目でその時代の音を見守ってあげてもらえませんか?もしかしたら、何時か、自分もその時代の音に共鳴する事が、あるかもしれませんから。

投稿者:X(Peke)|カテゴリ:能書き
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